方向音痴
私は極度の方向音痴だ。新しいところに迷わないで行けた記憶がない。カーナビがない車は運転したくない。
ついでに言うとバックモニターがない車も遠慮したい。
努力ではどうしようもない苦手なことってあるよなぁ
そんな私の方向音痴の話をまっすぐに受け止めるのが難しい人がいる。
それは、努力して方向音痴を克服した経験がある人だ。
そして皮肉なことに努力が大きければ大きい程、私の方向音痴を障害とは認めてくれないだろう。努力は信念を生み、たとえ自分が特殊なケースであっても周囲の人にも同じ話が通用すると思い込んでしまう。
言うまでもないが、苦手の程度は様々であり、それは外見から判断できるほど単純なものではない。
治らない苦手だってあるのだ
これは発達障害に対する無理解にも通じる話だ。
「私たちの時にもそういう人いたけど、皆んなと同じ様に生活(あるいは勉強)していたら、できるようになってたよ」とか「私もそうだった」には要注意だ。背後に障害の否定がある。